やりたいと思えば誰かに話してみると、叶い始める。

やってみたいけど、人にどう思われるか気になる。
理解してもらえなかったらどうしよう?

もしも話し相手に「それ嫌い」とか「興味ない」なんて言われたら、怒って批判しはじめてそうな自分。
こんな無駄なこと最初からやらないほうがいいのでは?
昔はよくあった。

今もある。そう感じる時。

 

とりあえず、話しちゃえば?

今は頭の中が整理できてなくてもいい。

なんとなくこんなこと思いついた閃きが輝いてるうちに、実際やってみるかは別として、誰かに投げてみる。

そしたら、相手は興味を示してくれるかもしれない。

誰か協力者を紹介してくれたり、その人自身が協力者になるかもしれない。
逆に自らが協力者の立場で、相手と親密に関わるようになることだってある。

もしも否定されてかき消されようとしたら、即断で取り下げることは絶対にしないようにする。
大事なのは他人都合でせっかくの閃きを棒に振らないこと。
他の方法を考えるか、もっと良い方法が見つかるかもしれない。
伝え方が単に下手だったのなら、もう一度アイディアを温めて練って提示し直す手もある。
興味のない相手都合で即決して取り下げるのはもってのほか。

突然の不条理な要求を断る術もかなり身につけたなぁ。

この数ヶ月は1つ2つどころか、次の自分自身の個人表現をするためのアイディアを描き貯めている。
できると思われたい自分と、できていると見てくれる人達との間で、互いに生き生きと居られるなら、選択肢は絞られてくるはず。
自分以外の誰かで代わりが効くこともいっぱいあるし、だったら他人と競合するより一歩引いて自分らしさを求められて活かせる場所で花を咲かせばいい。

鳴けない鳥のような状態になって随分長かったけど、そんな状態だったのに気づくのにも時間がかかった。
いろんな人に会ってきて、相手からの刺激を受けつつ心で育んでることを話しながら、そろそろ鳴ける鳥に戻ってきたような感覚もあって。

 

今まで全く言ってなかったけど、昨年秋にエレキギターを買った。

昨年音楽をやめた時に楽器は全て売却して、それまで経済的事情で安物の楽器を手にして我慢してたのも限界だった。
けれどもある日曜に新宿を歩いてたら、偶然好みの音色のギターを見つけて、そのまま衝動買いしていた。

まだ弾きこなしていると言える段階ではないけど、大きな一歩だった。
別に他人に応えるためにやるんじゃないから、もっと自由な発想でアートに徹すればいいんじゃないか。
人数を集めてバンドをすぐやるわけじゃないし、そもそも自分のやりたいことからもう一度深く掘り下げて、少しずつ広げていけばいい。

再びギターを手にして5ヶ月かかったものの、まだそんなにたくさん弾いてるわけじゃない。
技量は全然追いついていないけれども、楽器を手にして意識を表現する側に向けることで、答えは見つかりそうなところまでやってきた。

2〜3ヶ月のうちに、演奏を聴かせられる機会をどこかで作ろうと考えている。

 

そして半年後の11月19日〜25日には、今住んでいる東京成増のPatinaというカフェギャラリーにて、個展の日程を確保することができた。

しかし、展示作品はまだ1点も用意していない!
告知は改めて。即興演奏も取り入れて、動く立体作品を届けられるように準備はこれから。

やっぱりやりたい願望はその場で言ってみるもんだな。
ちょうどいいタイミングで協力してくれる人たちが現れて、作品も演奏も目的目標が決まればあとはどうにでもなる。

あとはアルバム1枚分の曲を書きためて、ノンストップで30分即興演奏をやってみたい。
歌うように楽器を弾いて、色彩を空に描いていくような繊細な音楽を奏でてみたい。
それを旅先の街角で気の向くまま演奏して、その収入だけで旅費を得て帰ろうと企画中…。

まずは順番に、形にする行動に移します。

 

しまひろふみ

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