幼き自己の記憶をコーチングする。

コーチングって受けたことあります?

対象者(クライアントとも言う)と対話を重ねることで、当人の目標達成に
必要な視点や考え方への気づきを促しながら自発的行動を支援する、
指導のような能力開発法とも言える取り組み。

コーチング – Wikipedia

俺も過去に受けたことあるんだけど、電話だったり対面だったり、
あるいは無料だったり有料だったり。
実は昨年も、あるカウンセラーに依頼して対面セッションを受けていた。
不安定だった自分自身の内面を大幅に整理し、次へ進むためのきっかけになった。

受ける側としては、自分がやりたいことに自信を持つことができて、
抱えている夢や悩みを聞いてもらって自ら解決へ導くヒントを
探る機会になると感じたことが多かった。

中には特定組織への依存関係や高額出費を煽る人物もいて、
それはコーチングというか価値観の押し売りだったな。
(今では無関係の組織だが、1人のコミュニケーターの怠慢な態度のおかげで
当時多額の出費が水の泡に…。)

そこでふと思った。

自分自身も誰かをコーチングする役割は、
もしかすると適しているのではないか?と思うことがある。

すでに過去にも知人にアドバイス的なこともやっていたが、
相手が聞く耳を持たないからうまくいかなかった。
ましてや面談料を取るなんてと、相手には払う概念がないだろうなと
思い込んだことで、こちらも堂々と請求しなかったのが悪かった。
そして、相手を望み通りに解決しようと意気込んでいたから、
成果にシフトしすぎてうまくいかないと初めから諦めていたんだろう。

今なら同じ相手に対して、どう対応してるだろうか?

相手の内に秘める真意を引き出して、相手の望み通りの生き方を
後押しする役割なら今の自分でもできるのではないか?ふと気づいた。

最近ずっと、自分自身の過去に向き合い続けている。

自分自身の現在の日常でうまくいかない経験や失敗をふまえて、
その行動を取ることになった心理を掘り下げて、
過去にその原因はどこにあったのかを探っている。

例として挙げる。
今もずっと抱えている身体の不調が、30年近く前の
ある狂った出来事の前には全く起きていなかったことに数日前気づいた。

まさか?
あの後悔を今も引きずってるんじゃないだろうな?

そう。当たり。

今も行動を制限するのは、あの頃に受けた心の傷だったりする。

30年前〜20年前の大阪ではどれだけ暴力的な環境で育ってきたことか。
逃げ場なんてどこにもなかった。自宅も同様。

わかってるつもりでわかってないんだよ誰も。

その結果、自分の居場所は外の世界へ求め続けて今に至る。
あの頃まっすぐ少年時代を過ごしてたら、
今みたいに発信したり行動したりする自分なんていなかっただろうな。

そこでだ。

少年の自分へ、今の自分はどう接していたか?

「お前があの時クソみたいな弱さで馬鹿どもに
ヘコヘコ答えて殴り返さなかったからいけないんだろが!」

そうやって問い詰めまくって恫喝してないだろうな!?

その通り。

長年責め立てることしかしてなかった。

 

自分一切悪くないんだから。

なんやねん喧嘩両成敗って。加害者だけ責任とって死ねよ。

先にやってきたのは相手だから。
そんな暴力が強けりゃ力のあるような中身ない奴ばかりで、
見本になるべき人間なんて全く見たことなかったわ。

けれども頭の悪い大人達や同級生に詰め寄られて、
殴られて脅されてお前が悪いって言わされてたんでしょ?

だからお前が悪い。
嫌いな人間に従うなんて、自分に嘘をついてきたから。

 

そうやって過去の自分を、何度も怒り苦しんでいたことがあった。
自らの感情に蓋をして、過去を見ないように過ごしてきた。
記憶をこじ開けようとする人間が現れたら即敵視し、関係が続いたことはない。

それで本当によかったんだろうか?

何も完了していないのではないか?

 

 

発想を変えよう。

こんなことを思いついた。

 

少年時代の自分自身を、コーチングしてみてはどうか?

 

大人になった俺が、子供の俺を後押しするんだ。

過去を思い出したら、癒されていない記憶なんて次々と出てくる。
これまでは過去は過ぎ去ったことで、
致命的失敗はもう取り返しがつかないと思っていた。

だがしかし、今の自分も過去にしばられてるなら同じじゃないか。
むしろ過去の自分の求めていたことを、今あえて耳を傾けてみてはどうだろうか?
今の自分とではなく、過去の自分と対話する。

そしたら25年以上未解決だったことが、25年後の自分が解決できるかもしれない。

それなら意味ある対話じゃないか?

10代の自分は弱いだけのクソガキなんかじゃない。
同級生や不良集団やら高圧的教師やら相手に、
本気出したら殴り飛ばせるだろ?

学力なんてその気になれば最上位に勝てる。
運動が苦手なら俺がトレーニングに付き添うぜ。
判断に迷って失敗して負け癖ついたなら、
そうならないで勝ち続ける突破法を一緒に考えることもできる。

長い間うまくいかなければ、あえて過去の自分を味方につけてみればいい。
今までは過去の自分も敵視してたけど、そうじゃない気がしてた。
何も解決しなかったから。

明確なのは、過去と現在との境界線なんてあってないようなもの。

だから過去の自分と今の自分も、境界線なんてない。
過去も今も、同時に救ってみたら全て解決する可能性がある。

 

この過去の自分自身とのコーチングスキルが身についたら、
俺自身だけでなく外の人達にも可能性を広げられるかもしれない。

過去との対話が成果を見せるなら、
今の10代の少年少女にも、直接話をかわしながら
共に考える道を描くこともできるだろう。
もちろん大人になって生きづらくする人達にも、
過去の記憶との会話を手助けできるかもしれない。

これを読んでもしも関心があるなら、
このスキルを自分自身が確実なものにするためにも
人の役に立てる可能性を見出すために意見や指摘をぜひいただきたい。
サービスメニューとしては深く考えていなかったけど、
要望があれば遠隔通話も含めて検討します。

 

まずは自分自身の解決に向けて、あと一歩。

 

しまひろふみ

幼き自己の記憶をコーチングする。” への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です