楽器破損で発覚した無意識の観点とは?

鍵盤演奏を再開しようとした矢先に、手に入れた直後のシンセサイザーを落下させて破損した2日前。

それは18年前に買ったのと同じ機種であったことから、過去の抹殺したい暗黒時代が湧き上がってきたのだった。

「また死ねと言うのか?いつも好きなこともできずに始めることすらできない運命なら、生きる価値もないわ!」

その後落ち着きを取り戻しつつある。
いったい何が苦しかったのか、読者になかなか理解されにくいのは承知だけど、ひとつ分かった観点がある。

好きで選んでいないのに、いつも事故を招いてしまうこと。
無意識に災難を繰り返していたのは、こんな思い込みがあったんじゃないか?

「見下してくる他人に支配される自分なんて、死んでるのと一緒。」

あのシンセサイザーを手に入れた頃は、すでにバンド加入は失敗を重ねた後で、使っていた機材は誰にもアドバイスを得られず今より遥かに少ない知識で高い金で買ったにもかかわらず、まともに使いこなせず創作意欲も欠けてしまっていた。

その頃にたまたま入った楽器店で、本来なら別の機種を選んでいたところを店員に勧められたのが、このシンセサイザーだった。

音色は今までのと比べて本物感があるし、とても気に入ったので即決購入した。

しかし作曲意欲がすでに薄れてしまっていて、エネルギー枯渇状態だった。

将来の夢も描けないまま人前で弾く機会なんてなく、結局誰の目にも止まらず負の遺産となった。

このシンセサイザーは性能を持て余したまま使いこなせず、数年後に6分の1の売値で手放してしまった。

存在すら忘れかけていた今頃になってさらに安値のジャンク品で出会ったものだから、無職明けの超金欠状態なのに思いきって買うことにした。

その直後の破損。

まるで次の人生も終わった感覚を味わった。

人の気持ちもわからない奴にとやかく言われたくない。ぶっ潰してやる。

本体の傷を見るたびに、自分が刺された気分になる。また死ねと言うのかと。
今や昔みたいにそんな言う奴はいないのに。完全な被害意識が再び芽生えてしまっていた。

そこで相当なダメージを受けてた10代の自分が、音楽を介して本当に屈辱感を背負って生きてきたことを思い返してた。

この件については両親も敵だ。詳しくは話さないが。
(それでも感謝強要する頭の弱い人間がいたら、全人格否定する。)

そこまで深刻な深層心理があるんだよ。

ずっと抜け方が分からず、他人にお前が悪いだの喧嘩両成敗だの言われても、そいつバカなんだから分かってないの!鬼畜老害消えろよマジで。

じゃあどうすれば、今の自分が前向きに創作に打ち込めるのか?

今それを必死で探ってるんだよ。

これまで暗黒時代は無かった振りをしてきたが、もうそれで何度失敗してきたことか。

内側では全く癒えてない傷が隠れていて、今でも瀕死状態のままだったんだ。

まずはその根深い問題を全て洗い出して、解決するべきだと考えている。

急いで形にしたい気持ちは強いが、また失敗する不安を怖がっていて、他社起因の後悔に強烈な憤りを感じることに対しても、ここで手を打たねば次に進めない。

今こうして過去の大問題が芽生えてきたことは、それ自体に意味はない。
ただ自分自身が問題化してるんだから、解決しなきゃいけないでしょ。知っとるわ。

もうこれ以上、なかったことにはできない。

破損箇所の検品もまだ取り掛かる気力はないが、修理の前にやることは見えているだけマシだと思う。

今はあの頃と違って、相談相手も待ち望んでくれる人達も大勢いるから。

今こそ自分が自分を信じないでどうする!

また今回も、本題に入れる余裕なし。

まずは過去のどうにもならないことを捨てて身軽になること。

ただし自らの意思で。

 

しまひろふみ

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